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オランダ人が持つ反日感情とは?ー92歳のおじいちゃんとの会話から知る日蘭史ー

(上記の画像は、オランダのハーグにある日本庭園)

 

反日感情という言葉を聞いて、日本と歴史問題や領土問題がある中国や韓国を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか?

私も、インターネット上やマスメディアで取り上げられるニュースから、中国や韓国の人々が日本との問題を社会に訴えるデモ集会を行う様子をしばしば見てきたために、「反日感情=中国や韓国で巻き起こるもの」というイメージがありました。

その一方で、私はこれまでに中国や韓国を観光で訪れたことがありますが、現地人から反日感情があからさまに出た言動や態度を直接受けたことがなかったですし、中国人や韓国人の友人からも過去の歴史や領土問題を巡って、友人関係に支障が起きたこともありませんでした。

そのため、「反日感情」という言葉、そしてそれが現象として起きるデモの存在は知っているものの、実際に「反日感情」を直接目の当たりにしてこなかったために、実際に存在するのかどうかよく分からないものでした。

 

しかしながら、オランダに移住して生活し始めてすぐに、オランダ人からの「反日感情」を直接体験する機会がありましたそれは、現在居住するアパートの隣に住む92歳のおじいちゃんとの出会いがきっかけです。

今回の記事では、この92歳のおじいちゃんと出会い、おじいちゃんが話してくれたオランダ人が持つ反日感情や学校教育で教わらない日蘭史について考えてみたいと思います。

 

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隣に住む92歳のおじいちゃんとの出会い

隣に住む92歳のおじいちゃんとの出会い

現在住んでいるアパートに居住し始めて数週間が経ったある日のこと、外出しようと玄関扉を開けると、杖をついた一人の老人が立っていました。彼は、オランダ語で何か話しかけてきました。私はオランダ語を話せないことを伝えると、英語で挨拶をしてきてくれました。

少しばかり出会った老人と話していると、どうやら彼は私が住むアパートの隣に住んでいて、毎朝の日課として健康のために共同廊下(20mほどの距離)を歩いていると教えてくれました。驚くことに、彼は92歳とかなりの年齢であるにもかかわらず、外国語である英語での会話をスムーズにすることができるスーパーおじいちゃんでした!

そして、このおじいちゃんは「良かったら、私の自宅に今度遊びに来ないか?」と招待しくれたため、後日私たち夫婦はおじいちゃんの自宅へ遊びに行きました。

 

自宅に上がってリビングに通されると、リビング内は東南アジア風な小物や置物、インテリアや味わい深い年代物の家具が置かれた部屋で、薄暗い照明と相まって落ち着いた雰囲気がありました。

おじいちゃんは、私たち夫婦にコーヒーを出してくれて、おじいちゃんが好きだというお菓子を色々と用意してくれました。最初は、私たち夫婦がオランダで生活し始めた背景とかオランダ文化や日本文化に関する話で盛り上がりました。

話が盛り上がっている間、私はリビングの棚に飾ってある女性の顔写真を見つけて眺めていると、おじいちゃんはそれに気づき、この女性について話してくれました。

爺「その女性は私の妻だったソフィアで、3年前に亡くなったんだ。だから、彼女がいなくなってから、私は一人で生活している。週に一度は近くに住む娘が家事や洗濯など私の身の回りの生活を補助するために来るけど、一人で過ごす生活は全然悪くないね。」

おじいちゃんは悲しみの表情を見せることなく、笑顔で話してくれました。そんな気丈に振舞うおじいちゃんの姿勢に感心していると、おじいちゃんの口から驚くべきことを言われました。

 

爺「そういえば、君は日本人だったね。妻ソフィアは日本人が大嫌いだったんだ。もし妻がまだ生きていれば、残念ながら君を我が家に招待することはできなかったよ。

 

真剣な顔ではなく、笑いながらこう話したおじいちゃんに驚き、返す言葉が見つかりませんでした。そもそも、なんでおじいちゃんの妻が日本人を大嫌いなのか分からないし、当の本人であるおじいちゃんの妻の口から直接言われたわけではないものの、「日本人が大嫌いだ」という発言は非常にショックでした。

 

そして、おじいちゃんは彼の妻がなぜ日本人が大嫌いなのか、その理由と背景を教えてくれました。その理由と背景には、太平洋戦争中に旧日本軍がオランダ領であたインドネシアに侵攻して統治した歴史と関連がありました

 

太平洋戦争中の旧日本軍とインドネシア統治の歴史

太平洋戦争中のインドネシアの歴史

出典:http://www.pbs.org/frontlineworld/

現在のインドネシアは、かつてオランダ領東インドと呼ばれており、オランダが宗主国として支配していた植民地国家でした。現在のインドネシア全領土をオランダが完全に実効支配するようになったのは20世紀初頭になってからですが、オランダがインドネシア支配に着手したのは17世紀後半であるために、植民地支配は約300年続いていたことになります。

オランダのような欧米列強による植民地支配となっている東アジア諸国を開放する名目で、旧日本軍は太平洋戦争中に日本中心による共栄圏ブロック(大東亜共栄圏構想)を作り、日本のアジア支配を正当化しようとしました。

そして、太平洋戦争初期である1942年に旧日本軍はオランダ領東インド(現在のインドネシア)に侵攻し、オランダによる植民地支配は終焉を迎えました。

 

ここまでの歴史は、中・高等学校での授業で習う部分であるために「あぁ~昔習ったなぁ~」と思う方も多いと思います。しかしながら、旧日本軍統治下のインドネシアで起きていたことを学ぶ機会はなかったはずです。私も太平洋戦争中に旧日本軍が統治地域で行っていたことに関して、学校で学んだ記憶はほとんどありません。

では、旧日本軍がインドネシアを統治していた3年間に何が起こったのか。

Wikipedia英語版に書かれた情報を大まかにまとめてみると、以下のようになります。ちなみに、こうした情報はWikipedia日本語版では記載されていません。

  • 約10万人のヨーロッパ系民間人(多少の中国人も含む)の抑留
  • オランダ、英国、豪州、米国軍人は収容所に送られ、死亡率は13〜30%に達していた。
  • 国連の報告書によれば、飢餓と強制労働により約400万人が死亡、そのうち約3万人のヨーロッパ系民間人は抑留死
  • オランダ政府の調査によれば、約200〜300人のヨーロッパ出身女性が慰安婦として旧日本軍に勤務し、そのうち確実に65人の女性達は強制的に売春させられた。

このような歴史からオランダ人、とりわけ戦時中を経験した高齢者層には反日感情が存在すると言われています。こうした反日感情はオランダ人の心の中だけでなく、過去には社会問題として様々な出来事が起きていました。

1971年の昭和天皇オランダ訪問の際に卵が投げつけられたり、手植えの苗を引き抜かれたりした。また、1960年代中頃一人の日本人作家がアンネ・フランクの家近くの書店にてアンネ・フランクに関する資料を探したところ、客の一人の老婦人から「アンネの悲劇はナチス・ドイツと手を組んだ日本にも責任がある」と激しく非難された。1986年にはベアトリクス女王の訪日が国内世論の反発により中止され、昭和天皇崩御後の1991年の訪日の際には、宮中晩餐会で『(日本のオランダ人捕虜問題は)お国ではあまり知られていない歴史の一章です』とのスピーチがあった。

※下線部分は筆者の強調部分

出典:『反日感情』Wikipedia(アクセス日:2017/07/20)

オランダ人の間でこのような反日感情が起きていたことは、オランダに移住するまで私は全く知りませんでした。上の世代(40代以上)の間では当時のニュースで話題となっていたかもしれませんが、1990年生まれの私にとっては一度も耳にしたことのない話です。

 

では、太平洋戦争中のインドネシアで旧日本軍が統治していたこととおじいちゃんの妻と何が関係あるのでしょうか?

それは、おじいちゃんの妻はインドネシア出身であり、太平洋戦争中の旧日本軍がインドネシアを統治していた時代に、インドネシアで戦時中を経験してきた人物だからです。

 

おじいちゃんの妻が日本人を大嫌いな理由と背景

おじいちゃんの妻が日本人を大嫌いな理由と背景

話はおじいちゃんとの会話へと戻ります。

その後、おじいちゃんは彼の妻が日本人を大嫌いな理由と背景を教えてくれました。それは、主に上述した旧日本軍とインドネシア統治の歴史から来ているものでした。

おじいちゃんの妻は、インドネシア生まれで、インドネシア人とオランダ人のハーフでした。そして、インドネシアに侵攻し統治していた旧日本軍から受けた自分自身、そして彼女の家族への仕打ち*を絶対に忘れることができない、許すことができないために日本人のことが大嫌いだったそうです。

※おじいちゃんは、彼の妻や家族が当時どのような仕打ちを受けていたのか話を聞かされていたそうですが、私にはその話はあまりしたくないということで教えてくれませんでした。

 

また、おじいちゃんの妻が戦後にオランダへと移住してからも、日本人に対して強い反感を持っていたことが分かるエピソードをおじいちゃんは教えてくれました。

「デンマークへ飛行機で旅行へ行った時のエピソード」

1970年代頃に妻とデンマークへ観光旅行に行った際に、飛行機を利用した。私たちが予約していた飛行機の便に搭乗して予約席(3人一列)へ向かうと、私たちの予約席には一人の日本人男性が座っていた。

妻がこの日本人男性を見ると、インドネシアで旧日本軍支配の記憶が蘇り、強い嫌悪感を出していた。妻は日本人男性の近くに座ることを強く拒否していたが、「ほんの少しの時間だけだから」と妻を説得してなだめることができた。でも、飛行機内では妻は一言も話さなかったから、すごい怒っていただろうね

太平洋戦争終結から30年以上も経っているものの、おじいちゃんの妻が持っていた日本人に対して強い反感は、何も変わっていなかったことが分かるエピソードでした。それほど、太平洋戦争中の旧日本軍が彼女そして家族にしたことは、想像を絶するものだったということになります。

日本や日本人に対して恨みを持ち続けていたおじいちゃんの妻とは対象的に、おじいちゃん自身は異なる考えを持っていました。次ページでは、そのおじいちゃんの心に秘めた思いをお話します。

オランダのハーグに在住しながら、セルビア(旧ユーゴスラヴィア他諸国)で起きている現状を独自の目線で発信するフリージャーナリスト。オランダの社会文化や現地での海外生活を最前線から追いながら、かつてセルビアに留学した執筆者が、旧ユーゴスラヴィア地域の社会問題を取り上げていく。お問い合わせは、info@kotaro-journal.comまで。


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大学時代に旧ユーゴスラヴィア史を研究し、1年間セルビアに留学。旧ユーゴ史研究者に少し憧れたものの諦める。現在は、オランダ・セルビアに特化した記事を書くフリージャーナリストとして活動。

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