KOTARO JOURNAL

シンタクラースの仲間ズワルト・ピートの容姿は人種差別なのか?〈後編〉

街中で子供達に風船を配るズワルト・ピート

《前編》の続きです。

 

《前編》では、導入に当たるズワルト・ピートの容姿、その容姿から人種差別だと主張されている背景、そしてこの容姿を巡る論争に関してまとめました。

《後編》では、ズワルト・ピートの成り立ちを歴史的背景から概観することで、ズワルト・ピートの容姿は人種差別なのかどうか、個人的な見解を含めてまとめたいと思います。

 

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ズワルト・ピートの歴史的背景

シンタクラース祭の起源と現代の「シンタクラース」の登場

オランダにおけるシンタクラース祭は、15世紀後半より民衆から祝われる祭となっていたようで、玩具やお菓子が売られていた「シンタクラース市場 Sinterklaasmarkten」を中心にして、子供達が楽しみにしていた伝統行事になっていました。

シンタクラース・マーケット

シンタクラース市場 出典:Historisch overzicht Sint-Nicolaas

 

19世紀まで続いたとされている「シンタクラース市場」が開催されなくなった後は、家庭内でのみ祝われる行事へと変化していったようです。

 

上記で述べたように、シンタクラース文化は15世紀後半から民衆の生活に浸透していたものの、現在のオランダ伝統文化として定着している「シンタクラース」の基となっている姿は、19世紀中頃までは画一化されていなかったと言われています。

1850年、アムステルダムに位置する初等教育学校の教師ジャン・シェンクマン Jan Schenkmanは、Sint Nikolaas en zijn Knecht(英:Saint Nicholas and his Servant、日:聖人ニコラスと彼の召使い)』と題する児童書を出版しました。

表紙

『聖人ニコラスと彼の召使い』 出典:dbnl

この児童書では、以下のような場面が描かれています。

  • シンタクラースが蒸気船で(スペインから)民衆の元にやってくる描写(上図)
  • シンタクラースが馬に乗って、煙突のある屋根を移動している描写(左下図)
  • シンタクラースが、子供達にプレゼントを配っている描写(右下図)

 

馬に乗って屋根を駆け登るシンタクラース

出典:dbnl

子供達にプレゼントを配るシンタクラース

出典:dbnl

 

 

専門家の中には、著者シェンクマンが現在のオランダ社会に広まっている「シンタクラース」像を作り上げたと主張する者もいます。

また、彼は現在でもシンタクラース祭にて子供達に歌われている下記の童謡 『Zie ginds komt de stoomboot(日:見てごらん、蒸気船がやって来るよ)』を作詞しています。

 

ここまでシンタクラースについて述べてきましたが、児童書『聖人ニコラスと彼の召使い』で描かれている登場人物は、シンタクラースだけではありません。

シンタクラースは、一人の黒い肌をした召使いを連れ添っています。

 

黒い肌をした召使いの登場

ズワルト・ピートの基

『聖人ニコラスと彼の召使い』のページ 出典:de Bibliotheek

この黒い肌をした召使いは、この児童書で初めて聖人ニコラスの物語の中の登場人物として描かれました。

1850年に発行された『聖人ニコラスと彼の召使い』では、この召使いは赤飾りが付いた白の簡素な衣服を着用しています(上図参照)。

しかしながら、1850年の初版本が後に改訂されていくと同時に、この召使いが着用する衣服は、色彩豊かな衣服へと変化していきます(下図参照)。

1870年代に発行された改訂版『聖人ニコラスと彼の召使い』

1870年代改訂版 出典:St. Nicholas Center

1905年改訂版『聖人ニコラスと彼の召使い』

1905年改訂版 出典:St. Nicholas Center

 

これらの色彩豊かな衣服は、現在のズワルト・ピートが着用している衣服に非常に類似しているものになります。そのため、現在のズワルト・ピートの容姿の基となっていると言われています。

 

ズワルト・ピート:名前の起源とは?

スペインからやって来るズワルト・ピート一同

スペインからやって来るズワルト・ピート一同 ※執筆者が撮影

シンタクラースの召使いが初めて描かれた児童書『聖人ニコラスと彼の召使い』では、この召使いの名前に関しては全く言及されていません

しかしながら、この児童書が出版された同年に当たる1850年に、一人のオランダ人作家によって、ズワルト・ピートの基となる名前が記録上初めて言及されます。

オランダ人作家ジョセフ・タイム Joseph Thijmは、同時代のオランダ人作家に送った手紙の中で、この召使いをPieter-me-knecht(日:ピーター、私の召使い)」という名前で言及しています。

さらに、ジョセフは後の1884年に、自身の幼少期(1822年)のシンタクラース祭を回想して、聖人ニコラスはPieter-me-knecht…..縮れ毛の髪をした黒人」を連れ添っていたと言及しました。

また、1859年にオランダの新聞社 Die Tijdは、当時の聖人ニコラスが度々連れ添っている召使いを、「聖人ニコラスと同じくらい人気のある、Pieter, mijn knechtという名前の黒人」と伝えています。

ここまで、ジョセフやオランダ新聞社によって、この召使いがピーター Pieterという名前で呼ばれてたことが分かりますが、現在の呼び名とは少し異なりますよね。

現在の呼び名であるピート Pietが登場するのは、少し後になってからになります。

1911年、オランダ人作家サイモン・エイブラムス Simon Abramszが出版した絵本『Van Sinterklaas en Pieterbaas(日:シンタクラースとピーターバース)』にて、この召使いがピート Piet と呼ばれています。そのため、この絵本が記録上では現代版ズワルト・ピートの名付け親という形になります。

『シンタクラースとピーターバース』第2版(1919年)

『シンタクラースとピーターバース』第2版(1919年) 出典:catawiki

 

ご存知の方も多いと思いますが、名前ピートの前に付属するズワルト Zwarte とは、「黒い」という意味の形容詞です。この形容詞「ズワルト=黒い」が付属した形で呼ばれるようになったのは、1920年代頃になってからのようです。

このようにして当初名前の無かったこの召使いは、現代で表現されている名前ズワルト・ピート Zwarte Piet となり、シンタクラースの召使いとしてオランダ国内全体に認識されるようになったとされています。

 

ズワルト・ピートの容姿の背景は何?

http://gty.im/542636164

私が確認する限り、ズワルト・ピートの容姿の背景となる解釈は主に3つあります。

 

この記事の前編でも述べましたが、ズワルト・ピートの外見的特徴は以下の通りです。

  1. 顔一面に真っ黒な化粧をしている点
  2. クセのあるカーリーヘアまたはアフロのかつらを被っている点
  3. 印象的な紅色の口紅を塗っている点
  4. 両耳に大きな金色のイヤリングを身に着けている点
  5. 色彩豊かなルネサンス期の衣服を着用している点

私が確認する限り、上述した5点の外見的特徴は、20世紀前半までにはシンタクラースに関する書物の中で見受けられます(下図参照)。

ズワルト・ピート

De Goede Sint(1929年発行)より 出典:St. Nicholas Center

こうした外見的特徴のうち、特に『聖人ニコラスと彼の召使い』(改訂版)で描かれるようになった色彩豊かなルネサンス期の衣服は、17世紀のムーア人が着用していた色彩豊かな衣服に似ていると言われています。

ムーア人とは、現在のスペインやポルトガルが位置するイベリア半島を8世紀から15世紀まで約700年間に渡って支配した北西アフリカ出身のイスラム教徒のことを指します。

http://gty.im/558629041

 

ズワルト・ピートはシンタクラースと共にスペインからやって来る点、そして着用している衣服がムーア人のそれと類似している点から、以前よりズワルト・ピートは黒人のムーア人であると解釈されてきたようです。

 

20世紀に入ると、上述した解釈以外も現れ始めます。

聖人ニコラスの逸話の一つに、「聖人ニコラスは奴隷身分の少年を自由の身にし、両親のもとへ送り返しました。そして、この少年は聖人ニコラスの生涯の仲間となる」があります。この逸話を基にして、「この少年がズワルト・ピートであり、ズワルト・ピートの起源は黒人奴隷だった」とする解釈もあるようです。

しかしながら、この逸話では、少年の肌の色は言及されておらず、また御伽話のような側面が強いため、信憑性に欠けます

 

20世紀後半になると、現在の多くのオランダ人が答えるであろう一つの解釈が生まれます。

それは、「スペイン人、またはイタリア人の煙突掃除人であり、度重なる煙突掃除により積み重なったすすが体中から落ちなくなったため、顔が真っ黒である。」という解釈です。

しかしながら、前編でも述べたようにこの解釈では矛盾点が多々あります。

  1. 付着したすすで、顔一面あそこまで真っ黒になるわけがない
  2. 顔にすすが付着したのに、衣服に一切の汚れがない
  3. 黒人に典型的な髪質との因果関係が見られない

この解釈が生まれたのが、20世紀後半であることや多くの矛盾点が見られることから、後付けの解釈のように受け取れます。

 

このように上述した解釈のうち、「ズワルト・ピートは黒人のムーア人である」とする解釈が論理的に聞こえますが、これを含む解釈すべてに歴史的根拠がありません

 

ズワルト・ピートの容姿は人種差別なのか?

ズワルト・ピートの真似をする子供

出典:NRC.nl

2013年の調査によれば、90%以上のオランダ人がズワルト・ピートを人種差別的キャラクターや奴隷として見ておらず、また容姿の変更に反対しているそうです。

また、3~7歳の子供達を対象とした研究調査では、多くの子供達がズワルト・ピートを黒人としてではなく、面白いピエロの恰好をしたキャラクターとして見ていると発表しています。

 

私はこの記事を執筆しながら、ズワルト・ピートに関する世界中のニュースやフォーラムをインターネット上で見てきました。

ズワルト・ピートの容姿が人種差別だと主張する側の意見(前編参照)も、そうではないと主張する側の意見も、私はどちらも理解できます。

「ズワルト・ピートはオランダの伝統文化の一部であり、黒人のキャラクターではない」

「このオランダの伝統文化で不快感を感じるのならば、無視すればいい」

「オランダに住んでいる以上、ここの伝統文化に適応しなければいけない」

 

こうした意見は、歴史的伝統を保護する立場に立てば当然の意見です。また、ズワルト・ピートの容姿を人種差別だと主張すること自体が過剰な反応と捉えることもできます。なぜならば、シンタクラース祭は子供達のための行事なのだから。

しかしながら、かつてオランダが他の欧州大国と同様に15世紀から19世紀にかけて、黒人奴隷貿易を行っていた歴史的事実をを振り返るならば、現代の社会で多かれ少なかれ黒人に対する配慮が必要なのではないかと個人的に思います。

 

頬にすすが付いたズワルト・ピート

頬にすすが付いたズワルト・ピート(2016年11月12日撮影)

 

最近では、ズワルト・ピートの容姿を巡る論争を受けて、顔一面を真っ黒にするのではなく、頬にすすが付いた顔であったり、赤や緑といった様々な色を顔に塗ったりしたピートが子供達を楽しませています。

前述したように、子供達はズワルト・ピートの肌の色のことは特別視していない研究調査もあります。そのため、顔一面の真っ黒の化粧からこのような多少の変化をオランダ全体で導入してもいいのではないかと私は思います。

皆さんは、この論争をどのように捉えますか?

 

参考サイト
Zwarte Piet, Wikipedia.
The Continuing Evolution of Zwarte Piet, St. Nicholas Center.
Sinterklaas historie, Sinterklaasfan.nl.
VN wil einde Sinterklaasfeest, Telegraaf.nl.
Kind ziet Piet als clown, niet als zwart, NRC.nl.

参考資料
Jan Schenkman, Sint Nikolaas en zijn Knecht, 1850, digitale bibiliotheek voor de Nederlandse letteren本文

 

オランダのハーグに在住しながら、セルビア(旧ユーゴスラヴィア他諸国)で起きている現状を独自の目線で発信するフリージャーナリスト。オランダの社会文化や現地での海外生活を最前線から追いながら、かつてセルビアに留学した執筆者が、旧ユーゴスラヴィア地域の社会問題を取り上げていく。お問い合わせは、info@kotaro-journal.comまで。


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大学時代に旧ユーゴスラヴィア史を研究し、1年間セルビアに留学。旧ユーゴ史研究者に少し憧れたものの諦める。現在は、オランダ・セルビアに特化した記事を書くフリージャーナリストとして活動。

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