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【ユダヤ人犠牲者率90%以上】ベオグラードのユダヤ人墓地からホロコーストの歴史に触れる

【ユダヤ人犠牲者率90%以上】ベオグラードのユダヤ人墓地からホロコーストの歴史に触れる

先日ベオグラードを訪れた際に、義理の両親が住むアパートの近くにユダヤ人墓地があることを偶然見つけました。

上記の写真を見てもらうと分かるように、門の上部にはユダヤ教の象徴であるダビデの星(2つの正三角形を逆に重ねた六芒星)が付けられている。このことから、ユダヤ教関連の施設であることが一瞬にして分かりました。この象徴にイメージが湧かない方は、イスラエルの国旗を思い出してもらえれば、「あっそうか!」と気づくはずです。

中を覗いてみると、荒廃した墓地が見え、正面入り口向かって左側の小さな扉が開錠されていたので中に入ってみました。

中に入ってみると、このユダヤ人墓地は単なる墓地ではなく、第二次世界大戦中にセルビア(または旧ユーゴスラヴィア地域)で起きたホロコーストの歴史に直接触れることができる場所であることが分かりました。

 

今回は、このベオグラードのユダヤ人墓地で見かけたものを紹介するとともに、そこから第二次世界大戦中にセルビアで起きたホロコーストの歴史を解説したいと思います。

 

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ベオグラードのユダヤ人墓地の中

第一次世界大戦と関連のあるモニュメント

第一次世界大戦と関連のある記念碑

このユダヤ人墓地に入って、すぐ右手側に上記の写真のように立派な記念碑が建っていました。この記念碑の基礎部分にはセルビア語で以下のようなことが刻まれています。

Жртве пале  за отаџбину 1912-1919

祖国のために命を落とした犠牲者(1912-1919)

※執筆者が翻訳

年号を見てもらうと気付くと思いますが、この記念碑は第一次・第二次バルカン戦争(19121913年)と第一次世界大戦(19141919年)で祖国セルビアのために勇敢に戦い、命を落としたユダヤ人犠牲者を追悼する目的に建てられた記念碑であることが分かります。

バルカン戦争が始まる前のセルビアには、約5,000人のユダヤ人が居住していました。そして、バルカン戦争および第一次世界大戦中には男女関係なく多くのユダヤ人が兵士として、看護婦として、祖国セルビア(当時はセルビア王国)のために戦ったとされています(こちら参照)。

そして、この記念碑の壁部分には、これらの戦争で命を落としたユダヤ人たちの名前が一人一人刻まれています。

 

ユダヤ人墓地内の並木通り

ユダヤ人墓地内の並木通り。この通りの左右にユダヤ人の墓石が並んでいます。

ユダヤ人墓地の入口から真正面には、多くの木が立ち並ぶ並木通りとなっていました。当日は天気が良かったために写真では暖かい雰囲気が感じられるように見えますが、実際には私と妻以外の誰一人も墓地内にいなかったため、もの悲しい雰囲気を私は感じ取りました。

さて、この並木通りの奥先に何か別の記念碑のようなものが見えます。先に進んで、何の記念碑なのか見てみましょう。

 

変わった形をした記念碑

変わった形をした記念碑

ユダヤ人墓地にあるために、この変わった形をした記念碑はユダヤ人またはユダヤ教と関連のあるものであることが明らかですが、何を意図したデザインなのか分かりません。ユダヤ人文化やユダヤ教に詳しい方で、この記念碑が意図しているデザインを分かる方いたら、お問い合わせから教えて頂けると嬉しい限りです。

さて、話はこの記念碑に戻して、この記念碑は何のために建てられたものなのか?

 

記念碑に3言語で刻まれた言葉

記念碑に3言語で刻まれた言葉

先ほどの記念碑から向かって右側には、ドイツ語とヘブライ語そしてセルビア語で刻まれた言葉がある大きな壁がありました。

私はドイツ語もヘブライ語も分からないので、セルビア語を読んでみると以下のように刻まれていました。

この場所には、オーストリア出身のユダヤ人800人の亡骸が眠っている。彼らは、1941年10月25日に約束の地(イスラエル)へ向かっている途中の(セルビア北西部)シャバツにて、ナチスの犯罪行為によって苦痛を受けながら虐殺された。

この記念碑は、彼らの悲劇が絶対に忘れ去られないようにするために、(オーストリア首都)ウィーンのユダヤ人共同体によって建てられた。

※()内は執筆者の追記。執筆者が全文翻訳

 

先ほどの記念碑に戻ってみましょう。この記念碑の内側には数多くの石板プレートが張り付けられています。この石板プレートに書かれている内容を見る限り、ホロコーストの犠牲となったユダヤ人一家の名前が刻まれていたりしています。

記念碑の内側に張り付けられた石碑プレート

記念碑の内側に張り付けられた石板プレート

 

また、この記念碑の奥には、以下のようなモニュメントが建っています。

変わった形のモニュメント

変わった形のモニュメント

 

そして、このモニュメントの真下に花束が供えられている石碑があります。

文字が刻まれた石碑

文字が刻まれた石碑

この石碑には以下のように書かれています。

この場所には、197人のユダヤ人犠牲者の骨が埋葬されている。彼らは、ファシズムの犠牲者であり、この墓地で見つかり回収された者たち。彼ら犠牲者の骨は、セルビア人民共和国内で犠牲となったすべてのユダヤ人を象徴している。3万人以上の(他の)犠牲者は集合墓地に埋葬されている。そのため、彼ら3万人以上の犠牲者の墓は不明である。

※()内は執筆者の追記。執筆者が全文翻訳

以上の石碑に刻まれた言葉からお分かりになると思いますが、これらの記念碑は第二次世界大戦中にナチス・ドイツ軍によって虐殺されたユダヤ人を追悼する記念碑になります。

実は、第二次世界大戦前のセルビアには多くのユダヤ人が居住していた歴史があり、そして第二次世界大戦中にナチス・ドイツ軍やナチス傀儡政権だったクロアチア独立国によるセルビア侵略によって、多くのユダヤ人が虐殺されました。

オランダのハーグに在住しながら、セルビア(旧ユーゴスラヴィア他諸国)で起きている現状を独自の目線で発信するフリージャーナリスト。オランダの社会文化や現地での海外生活を最前線から追いながら、かつてセルビアに留学した執筆者が、旧ユーゴスラヴィア地域の社会問題を取り上げていく。お問い合わせは、info@kotaro-journal.comまで。


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お問い合わせは、info@kotaro-journal.comまで。

大学時代に旧ユーゴスラヴィア史を研究し、1年間セルビアに留学。旧ユーゴ史研究者に少し憧れたものの諦める。現在は、オランダ・セルビアに特化した記事を書くフリージャーナリストとして活動。

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