KOTARO JOURNAL

2人の友人夫婦から見るオランダの多民族性ーセルビア人の例ー

友人夫婦との会話

今回は、オランダ移住から約1ヶ月経過した現在のオランダにおける私個人の友人関係から、セルビア人のディアスポラを通してオランダの多民族性の一部が分かる内容をお話ししようと思います。

 

正直に言って、現地人である「オランダ人」とはまだ誰一人とも友達になっていません(笑)
まだ移住してきて約1ヶ月であり、オランダ社会にあまり関与していないので致し方ないのかなと思ってます・・・・

11月1日からジムに入会し、また願わくば今月から語学学校に通おうかなと思っているので、そのうち友達も出来るかなと思ってます!

 

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オランダで恵まれた貴重な「友人関係」

こうした環境の中でも、4名の「友人」と呼べる方達に恵まれました。

そのうちの2人は、移住した当初に仮住まいしていた家のオーナー夫妻(Airbnbで見つけた居住地です)になります。

オーナー夫妻はとても良い方達で、現在の居住地に引っ越すまでの10日間色々と便宜を図ってくれたり、相談に乗ってくれたりしてくれ、生活上にストレスを感じずにアパート探しに専念できました。

オーナーの猫

オーナーの猫ちゃん

夫婦の年齢は約50歳と私達夫婦とかけ離れていますが、年齢関係なくオープンに話せるので非常に気が楽です。
特に男性オーナー(以下と略)は、今月頭よりお役所仕事を開始するまで約4ヶ月間の仕事休止状態だったので、引っ越してからもちょくちょくの家でお茶したり、夕食をご馳走になったりしてました。
また、引越し後にシーツやバスタオル等の必要物資購入のためにデルフトにあるIKEAにの車で連れてってもらい、必要なものを一度に揃えられました。

 

オランダ国籍を持つSの民族的背景

Airbnbでこの仮住まいを見つけた時は全く気付かなかったのですが、実はオーナー夫妻は私の妻と同じセルビア共和国出身でした。(セルビア共和国の概要は下記にて説明)
Airbnbで登録されている彼らの名前は、セルビアとは馴染みのない名前だったので全く予期していませんでした。

は前項で述べた通り、現在約50歳。セルビア生まれで、20代前半の頃(1980年代)にオランダに移住しIT業界のトップに君臨する企業でIT関連技術者として働き始めます。それから約30年が経過し、今ではオランダ国籍を保持し、オランダ人として生活しています
基本的にセルビア人はセルビア人らしい顔立ちをしているのですが、Sは全くセルビア人らしからぬ顔立ちなので、彼とセルビア語で話さなければセルビア人とは全く分かりません。

セルビア人らしい顔立ちとは何かと聞かれると言葉で表現することは難しいですが、男子テニス世界ランキング1位であるノバク・ジョコビッチは非常にセルビア人らしい顔立ちをしていると思います。彼は、ユニクロのスポンサーになっていることでも有名ですね。

http://gty.im/506839360

 

アムステルダムでの出来事

アムステルダム

オランダに移住してから、オランダの首都アムステルダムには1度だけ行きました。

アムステルダムには妻の友人(セルビア人。夫の仕事の関係で昨年に訪蘭)が住んでおり、彼女オススメの中華料理屋Oriental City(水路の反対側に日本料理屋Ramen-Yaあり)にて昼ご飯を食べていました。

その際、隣のテーブルにて食べていた4人家族の父親が私達にセルビア語で話しかけてきました。彼の話しを聞くと、前項で取り上げたと同様に1980年代にオランダに移住し、現在はオランダ人の妻と子供2人の家族を築いています。

彼曰く、祖国セルビア(当時は旧ユーゴスラヴィア)を離れた理由は、将来の希望が見出せなかったからだそうです。

 

セルビア共和国ってどこの国?

東ヨーロッパの地図

皆さんはセルビアという国の名前を聞いて、どこにあるのかすぐに思い付きますか?

多くの日本人にとってあまり馴染みのない国かもしれませんが、皆さんの年代によってはユーゴスラヴィアセルビア・モンテネグロといった名称に思い当たる方がいるかと思います。

セルビア共和国は、かつて旧ユーゴスラヴィア(西から現在のスロヴェニア、クロアチア、ボスニア、セルビア、モンテネグロ、マケドニアそしてコソヴォが当時の構成諸国)の構成諸国の一つであり、政治機構の中心国でした。
1991年より各国における民族主義の高揚などが要因で旧ユーゴ紛争が勃発し、結果的に旧ユーゴが解体。そして、セルビアはモンテネグロと共同で連邦国家を形成するが、モンテネグロが2006年に独立し現在のセルビア共和国となっています。

旧ユーゴやセルビアに関して、以下の文献を読めば概略が良く分かります。著者である柴先生には学生時代に色々とご相談に乗ってもらいました。

 

このような話をしていると、多くの日本人でも旧ユーゴ紛争やコソヴォ紛争といった民族紛争に関して聞いたことがある方は多いのかなと思います。

旧ユーゴ紛争やコソヴォ紛争はすでに終結し、バルカン半島の平穏は続いていますが、民族間の憎悪などの緊張も残っていたりと、バルカン半島内の民族問題は未だに解決していません

 

セルビア人のディアスポラ

「ディアスポラ」という単語に聞きなれない人がいると思いますので、まず言葉の意味を説明します。

ディアスポラとは、・・・元の国家や民族の居住地を離れて暮らす国民や民族の集団ないしコミュニティ、またはそのように離散すること自体を指す。難民とディアスポラの違いは、前者が元の居住地に帰還する可能性を含んでいるのに対し、後者は離散先での永住と定着を示唆している点にある。

Wikipedia

セルビア人のディアスポラ人口は、全世界で約200万人、最大で約400万人と言われています。彼らのディアスポラの目的地は、ドイツ語圏であるドイツ、オーストリア、スイスが中心となっており、これらの地域の人口は約120万人以上だと言われています。特にドイツ全体やオーストリアの首都ウィーンには多くのセルビア人が居住しており(前者:約90万人弱、後者:約15万人)、母国に住むセルビア人がそれらの地域に行っても、「外国にいる」感じがしないそうです

現在ドイツ語圏に居住する彼らの多くは、より良い収入を得るために出稼ぎ労働者 Guest worker として1960年代から80年代にかけて現地に移住し、そのまま定住した者たちです。

何故、ドイツ語圏が目的地なのかと言うと、当時の西ドイツやオーストリア、スイスなどの欧州諸国は、当時の旧ユーゴスラヴィアと二国間協定を結び、工業労働者として彼らを招き入れたからです。

上述した協定および政策は、オランダでも戦後の経済発展する上で不足していた単純労働者を補うために1960年代から施行されました。オランダの場合は、トルコモロッコなどの国が含まれます。そして出稼ぎ労働者として移住してきた彼らは、そのまま定住し、現在のオランダにおける多民族性の一部となっています

 

※こうした移民のうち、スリナム系オランダ人に関しての記事を以前書きました。こちらから↓
     『オランダのスリナム系移民ってどこから来たの?』

セルビア人のディアスポラは、上述した1960年代から1980年代にかけての出稼ぎ労働者だけでなく、1990年代の旧ユーゴ紛争で政治的・民族的迫害から逃れるため、また経済情勢悪化のために旧ユーゴ地域から約30万人のセルビア人が祖国を離れたと言われています。

 

オランダにおけるセルビア人

では、オランダにおけるセルビア人移民の状況はと言うと・・・

2005年の国際移民機関の調査統計によれば53.845となっています。
この2005年の数値を2016年現在の「オランダ国外に民族的背景を持つ国民」に対する割合を算出すると、1.4%を占めている形になります。

この数値は非常に少ないように見えますが、反対に「純粋なオランダ人」ではない「オランダ人」のうち100人に1人はセルビア人であると言うことができます。

私個人でも、ハーグ中心地であるSpuiにあるアパレルショップPrimark(H&Mのようなファーストファッション店)に行くと、セルビア語を話す人物をよく見かけます。

http://gty.im/458446454

詳細な理由は分かりませんが、セルビア人の多くはオランダ南部のロッテルダムに在住しているそうです。現地の日本人在住者の友人の中には、セルビア系オランダ人がいるかもしれませんね。

私は公共の場に不適当な内容の会話を妻とするときは、誰も理解出来ないであろうセルビア語で話しているのですが、これまでの経験・こうした状況を見ると理解出来そうな人がいそうなので、言動には注意したほうがいいのかなと思うこの頃です。

 

参考サイト
Serb Diaspora, Wikipedia
Demographics of the Netherlands, Wikipedia

参考資料
Migration in Serbia: A Country Profile 2008, International Organization for Migration, 2008(原文
Migration and Immigrants: the Case of the Netherlands, Tinbergen Institute, 2001(原文

 

オランダのハーグに在住しながら、セルビア(旧ユーゴスラヴィア他諸国)で起きている現状を独自の目線で発信するフリージャーナリスト。オランダの社会文化や現地での海外生活を最前線から追いながら、かつてセルビアに留学した執筆者が、旧ユーゴスラヴィア地域の社会問題を取り上げていく。お問い合わせは、info@kotaro-journal.comまで。


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大学時代に旧ユーゴスラヴィア史を研究し、1年間セルビアに留学。旧ユーゴ史研究者に少し憧れたものの諦める。現在は、オランダ・セルビアに特化した記事を書くフリージャーナリストとして活動。

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