KOTARO JOURNAL

セルビア版ラムシュタインFEUD/反全体主義の曲が現実になりつつあるセルビア

セルビア版ラムシュタインFEUD

(上記の画像は、svetgitara.comより借用)

2017年4月2日(日)に行われたセルビア次期大統領選挙の結果に不満を持つ若者(主に大学生)が中心となって、投票日翌日から「独裁者反対デモ」が連日に渡って行われています。

若者が「独裁者」と呼ぶ者は、大統領選挙で圧倒的な支持率を受けて勝利したアレクサンダル・ヴチッチ候補です。彼はセルビア現政権の首相でもあります。

現首相でもあるヴチッチ候補が「独裁者」と呼ばれる理由は、彼の政権によるメディア規制や情報統制、民主主義的な選挙とはかけ離れた選挙不正疑惑、そして次期大統領職就任による権力の集中化への危惧が挙げられます。

※「独裁者反対デモ」の詳細は、以下の記事で解説しています。

 

 

そして、「独裁者」がセルビアに再度誕生する可能性を秘めた現状は、2013年にセルビアのバンドFEUDが発表した曲「権力」”Vlast“の歌詞とミュージックビデオで描かれた世界を強く思い起こさせます。

この曲が公開された時は、セルビア国内のヘヴィメタル愛好家の間で口コミを通して話題となっていました。なぜならば、曲調と政治的メッセージが強い歌詞はドイツ出身の大御所バンド:ラムシュタインRammsteinを彷彿させたからです。しかしながら、セルビア語で歌われている歌詞のためセルビア国外ではあまり話題とはなりませんでした。

 

では、この曲「権力」が反政府デモが起きているセルビアの現状と何が関係あるのでしょうか?

それは、この曲を通してFEUDが警告している全体主義思想を持ち込む「独裁者」の再来が、実際にセルビアで起きようとしているからです。

今回は、セルビアの現状を思い起こさせるFEUDの傑作品「権力」“Vlast”を紹介しようと思います。

 

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歌詞の内容(日本語訳つき)

以下では、セルビア語と日本語の歌詞を交互に記載していきます。
(日本語訳:筆者)

Da imam vlast
Izmenio bih društvo celo
Velegrad bi bio selo
Narkomana ne bi bilo
Al bi meni bilo milo

私が権力を持ったら
すべての社会を変えるだろう
(権力を持ったら)都市は村へと変貌するだろう
(権力を持ったら)麻薬常用者はいなくなるだろう
(権力を持ったら)その光景を私は享受するだろう

A pedera još i manje
Ubij o bi za silovanje
I da li bi mi krivo rek’o
Kad prste bi za laži sek’o

(権力を持ったら)ゲイはさらに少なくなるだろう
(権力を持ったら)強姦者を死刑に処するだろう
(権力を持ったら)そして、誰がこの私を非難できるのだろうか
私が虚偽する者の指を切断した時に

Urami me
Na žid stavi me
Iz bunta ja sam
simbol kulta
Tvoj Bog
Batina i Bog
Da imam vlast
Ni k*rac vam ne bih dao
Da imam vlast
Tuđi bi vam obećao

私の姿を肖像画にして
それを壁にかけろ
私は反乱から誕生した
崇拝の象徴だ
私はお前の神だ
支配者、そして神だ
私が権力を持ったら
私はお前らに何も与えない
私が権力を持ったら
それでも私は実現することのない約束はする

Da imam vlast
I šta je tolerancija
Ne zanima te istina
Licemere lopove
Bacio u okove

私が権力を持ったら
寛容さとは何だ?
(権力を持ったら)お前は真実なんて気にしない
(権力を持ったら)偽善者と盗人を
(権力を持ったら)私は鎖で繋いで閉じ込めるだろう

Ne bi bilo aparata
Niti sestre niti brata
I da l bi bilo fer kad bih ja
Bio glavna rola i režiser

(権力を持ったら)法的機関はなくなるだろう
(権力を持ったら)姉妹も兄弟もいなくなるだろう
(権力を持ったら)もし私が(以下のように)だったら公平だと思うか?
映画の主役と総監督だったら

Urami me
Na žid stavi me
Iz bunta
Ja sam simbol kulta
Tvoj Bog
Batina i Bog

私の姿を肖像画にして
それを壁にかけろ
私は反乱から誕生した
崇拝の象徴だ
私はお前の神だ
支配者、そして神だ

 

ミュージックビデオで描かれている描写

上記のミュージックビデオを再生すると、最初に18世紀イギリス政治思想家エドモンド・バークの以下の名言が表示されます。

 

【セルビア語】
“Jedna stvar koja je potrebna za trijumf zla jeste da dobri ljudi ne urade ništa.”

【英語】
“All that is necessary for evil to succeed is for good men to do nothing.” 

【日本語】(筆者訳)
「悪が繁栄するために唯一必要なものは、善人が何もしないことである」

 

非常に印象的な言葉で始まる映像。私はこの言葉を最初に持ってくることからFEUDが一番伝えたいメッセージであると捉えています。

 

【シーン①】

FEUD「権力」

出典:FEUD – “Vlast” by musicfeud/YouTube

レトロなラジオの音源に女性らしき手が伸びて、美しい音色が奏でられたセルビア語の曲が流れます。その曲とともに踊りながら部屋の掃除をするバレエの衣装を着た女性とイスに座りながら新聞を読む男性、床に座りながら玩具で遊ぶ少年。裕福な3人(夫妻と息子)構成の家庭だと思われます。

先ほどのセルビア語の曲は、戦間期の1941年に旧ユーゴスラヴィア王国時代に撮影された短編映画「ある街の物語」”Priča jednog grada”にて、オペラ歌手ミラン・ティモティチが歌った曲「皆は何故、幸福を夢見ているのか」”Svi vi što maštate o sreći“になります。そのため、このミュージックビデオで表現される世界は戦間期であろうと思われます。

オリジナル音源の映像はこちら

 

すると、大きな足音のような地鳴りとサイレンが美しい音色をかき乱し始めます。妻が窓のカーテンをめくって外の通りを見てみると、大量の軍隊が更新しています。この光景は、ヒトラー率いるナチス・ドイツ軍またはムッソリーニ率いるイタリア軍の実際の映像だと思われます。

ナチス秘密警察ゲシュタポを彷彿させる黒い制服を来た4人の集団(以下、秘密警察)が、彼らの家を訪れて、強制的に家の中へ上がりこみます。この状況が分からないであろう幼い息子は、秘密警察の一人へ棚に置いてあった紙の束を手渡します。その紙にはセルビア語で「体制打倒」”Dole Rezim”と書かれています。

紙を手渡された秘密警察の腕には、多くの人に見覚えがある象徴が刻印された腕章が付けられています。それは、共産主義の象徴である赤い星とナチズムの象徴であるハーケンクロイツに似た鉤十字になります。

FEUD「権力」

出典:FEUD – “Vlast” by musicfeud/YouTube

 

上記の状況を整理すると、戦間期のナチスやファシスト党のような全体主義思想を持つ政府から送り込まれた4人の集団は反体制派の人間を探す秘密警察のような存在であり、家宅捜査をするためにこの家庭を訪れて、父親である男性は反体制派の主要人物もしくは支持者であることが分かります。

「密告」した少年は頭を撫でられ、全体主義思想の政府公認バッジが授与されます。そして、父親は強制的に連行されていきます。

 

【シーン②】

FEUD「権力」

出典:FEUD – “Vlast” by musicfeud/YouTube

連行された父親は、薄暗い地下室のような場所にあるイスに座らせられ、ヒモで縛り付けられます。そして、秘密警察のリーダーらしき人物に殴り続けられます。そして、様々な器具が置かれた容器が映し出されます。つまり、反体制派の人間への身体的拷問です。殴り続けられた父親は口を割らないためか、最終的に右手人差し指を大きな包丁で切断されます。

 

【シーン③】

FEUD「権力」

出典:FEUD – “Vlast” by musicfeud/YouTube

このシーンは曲のサビとなる部分になります。多くの軍隊が集まった会場前方部の壇上で、一人の男「独裁者」が彼らに叫びます。

「私を個人崇拝しろ!私はお前の神だ!支配者だ!」

 

このシーンは、上部のようなアドルフ・ヒトラーによる有名な演説を思い起こします。

 

【シーン④】

FEUD「権力」

出典:FEUD – “Vlast” by musicfeud/YouTube

指揮官らしき人物の部屋に強制連行された男性の妻が訪れ、彼の助けを懇願します。それに対し、指揮官は部下を部屋から退出させます。そして指揮官はその女性に近づき「寵愛」を施します。

 

【シーン⑤】

FEUD「権力」

出典:FEUD – “Vlast” by musicfeud/YouTube

再び拷問部屋に戻り、先ほどから拷問されていた男性(父親)が拷問のスペシャリストのような女性たちにある本を読み聞かされています。その本をよく見てみると、アドルフ・ヒトラー著「我が闘争」と表紙に書かれています。

つまり、ここでは拷問の後に全体主義思想への洗脳が行われていることを表しています。

そして、最後のシーンでは秘密警察の男性が、拷問を受ける男性(父親)の顔をカミソリで切りつけます。よく見てみると、秘密警察の男性の顔にも深い切り傷の跡があります。つまり、この秘密警察の男性もかつて反体制派支持者として拷問を受けた後に洗脳を受け、体制派(政府側)の人間になっていたということになります。

 

まとめ

この曲を発表した際に、FEUDのメンバーはこの曲が製作された背景を以下のように答えています。

ヨーロッパで経済危機の到来や操作された経済、繰り返される右派・左派政党の台頭が起きている時代に、私達メンバーは全体主義をテーマにしたミュージックビデオを製作する必要性を感じたんだ。抑圧的な社会によって我々はどこに向かってしまっているのかを人々に警告したいんだ。政策自体よりも政治家個人をしばしば高く評価しがちで、それと同時に抑圧的な方法によって政治的な権力の重大さを利用するバルカン半島の人々は、政府が信頼してくれた人々を裏切って政治的権力を行使することを分かっていても、絶対的な独裁者への道へ容易に足を滑らしてしまう可能性が大いにあるんだ。

出典:FEUD objavio novi singl – „Vlast“/svetgitara.com

 

政府によるメディア規制・情報統制による「報道の自由」が極めて低く、民主的で公平な選挙が行われていない抑圧的な社会が誕生してしまったセルビアで、今まさに「独裁者」への道に足を滑らしてしまう可能性から逃れるために反抗する若者。

このFEUDの曲「権力」は、発表されてから4年経った後に再び脚光を浴びて、再評価される時代に入ってしまったと感じます。

 

オランダのハーグに在住しながら、セルビア(旧ユーゴスラヴィア他諸国)で起きている現状を独自の目線で発信するフリージャーナリスト。オランダの社会文化や現地での海外生活を最前線から追いながら、かつてセルビアに留学した執筆者が、旧ユーゴスラヴィア地域の社会問題を取り上げていく。お問い合わせは、info@kotaro-journal.comまで。


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大学時代に旧ユーゴスラヴィア史を研究し、1年間セルビアに留学。旧ユーゴ史研究者に少し憧れたものの諦める。現在は、オランダ・セルビアに特化した記事を書くフリージャーナリストとして活動。

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