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意外と知らないオランダとセルビアの関係①-旧ユーゴスラヴィア国際戦犯法廷-

旧ユーゴスラヴィア国際戦犯法廷

私は、大学時代に旧ユーゴスラヴィア(以下、旧ユーゴ)に対する関心から、バルカン半島に位置するセルビア共和国(以下、セルビア)の首都ベオグラード大学に留学し、セルビア語や旧ユーゴ史を勉強していました。

その後大学を卒業し、日本の会社に就職し、そして現在はオランダに移住してもなお、セルビアや旧ユーゴ諸国に対する関心は常に持ち続けています。

今回から、私が現在居住しているオランダと私が関心を持っているセルビアの意外と知らない関係を少し皆さんにご紹介したいと思います。

1弾は、オランダのハーグに位置する「旧ユーゴスラヴィア国際戦犯法廷(ICTY)」についてお話します。

 

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旧ユーゴスラヴィア国際戦犯法廷?

「旧ユーゴ国際戦犯法廷(英語:International Criminal Tribunal for the former Yugoslavia、セルビア語:Haški tribunal)」という機関名を皆さんはご存知ですか?

 

正式名称は、以下のように非常に長い名称になります。

日本語:1991年以後旧ユーゴスラヴィアの領域内で行われた国際人道法に対する重大な違反について責任を有するものの訴追のための国際裁判所

英語:International Tribunal for the Prosecution of Persons Responsible for Serious Violations of International Humanitarian Law Committed in the Territory of the Former Yugoslavia since 1991

セルビア語:Međunarodni tribunal za krivično gonjenje lica odgovornih za teška kršenja međunarodnog humanitarnog prava na teritoriji bivše Jugoslavije nakon 1991

 

このように正式名称が非常に長いために、英語表記名の頭文字を取って、ICTY(アイシーティーワイ)という略称で呼ばれることが一般的になっています。セルビア語での場合は、Haški tribunalが一般的です。

このICTYは、国際連合によって初めて作られた戦犯法廷であり、第2次世界大戦中の戦争犯罪を裁いたニュルンベルク裁判と東京裁判以降初めての国際司法裁判所になります。

 

旧ユーゴ国際戦犯法廷は何のための機関?

ボスニア紛争時の一枚の写真

ボスニア紛争時の一枚の写真

前章で挙げた正式名称のうち、「1991年以後旧ユーゴスラヴィアの領域内で行われた国際人道法に対する重大な違反」という部分でお分かりになる方もいらっしゃるかと思いますが、1990年代の一連の旧ユーゴ紛争(詳細はこちら)中に行われた非人道的行為(民族浄化やレイプ等)を行った責任を持つ者を処罰する機関です。

一連の旧ユーゴ紛争が指すものは、1990年代に旧ユーゴ連邦からスロヴェニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、コソヴォが独立を宣言したことに対し、旧ユーゴ連邦がこれら諸国の独立を防ぐために旧ユーゴ連邦軍を導入し、各地で発生した紛争になります。

簡単に言うと、各国の民族主義が高揚し各民族が自国の利害を叶えるために、これまで1つの国(旧ユーゴ)として生活していた人々が、異なる民族間で憎しみ合い、殺し合いやレイプを行ったことに対して、責任者を処罰する機関ということです。

 

 一連の旧ユーゴ紛争の中でも、セルビア人・クロアチア人・ムスリム人(ボシュニャク人)の3主要民族が混住した地域であったボスニア・ヘルツェゴヴィナでの紛争(以下、ボスニア紛争)は、悲劇としか言いようがない最悪な状態になってしまいました。

旧ユーゴ国際戦犯法廷2010年に発表した調査結果によれば、1992年から1995年にかけて3年間続いたボスニア紛争での推定死者数は、10万人に上ると言われています。(詳細な数は104,732人。内訳は、一般市民:36,700人、兵士:68,031人)〔こちら参照〕

一連の旧ユーゴ紛争での死者数は推定20万人以上で、33万人以上が紛争の影響で難民となったと言われています(こちら参照)。

こうした大規模な人的被害がヨーロッパで生じたのは第2次世界大戦以降初めてであり、東西冷戦の終結、旧ソ連の崩壊、東欧諸国の民主化革命といった西欧諸国にとって明るいニュースが広がっていた矢先に起きた旧ユーゴ紛争は、ヨーロッパにとって衝撃的な出来事だったはずです。

 

こうした悲劇的な現状を目の当たりにした国際連合は、旧ユーゴ地域で起こっている暴力を止めるため、また国際的平和と安全を保護するために、1993325日に安全保障理事会で採択された決議を基に旧ユーゴ国際戦犯法廷を設立しました。

この旧ユーゴ国際戦犯法廷には、判事として参加し審理を行った日本人がいます。彼女は、自身の体験を基に旧ユーゴ国際戦犯法廷に関する書籍を出版しています。旧ユーゴ紛争の詳細を知らない方にとっても、非常に分かりやすい内容となっています。

 

旧ユーゴ国際戦犯法廷がオランダのハーグに設置された理由

平和宮

ハーグにある平和宮

多くの人が疑問に感じていると思いますが、何故旧ユーゴ国際戦犯法廷がオランダのハーグに設置されたのでしょうか?

旧ユーゴ国際戦犯法廷がオランダのハーグに設置された理由は、オランダが「国際法」の礎となった人物の出身であり、「国際平和」について初めて議論された重要な場所であるためだと思われます。

 

「国際法の父」フーゴー・グロティウス

日本の高校で「世界史」や「現代社会」、「政治経済」等の科目を学習するときに、「国際法の父」として登場するフーゴー・グロティウスは、17世紀前半に活躍した法学者であり、オランダ南部に位置するデルフト出身になります。

彼は、著書『自由海論』や『戦争と平和の論』で自然法に基づく国際法の基礎を作った人物とされています。

デルフトと言えば、画家ヨハネス・フェルメールの出身地であることからも有名な街ですが、デルフトの中心広場にはグロティウスの功績を称え、彼の彫像があります。

グロティウスの彫像

グロティウスの彫像

こうした彼の功績から見れば、オランダは「国際法」の生誕地であると捉えられます。

 

国際平和が議論されたハーグ平和会議

1899に開催されたハーグ平和会議の描写

1899年に開催されたハーグ平和会議の描写 出典:The Technocratic Tyranny

ハーグ平和会議はロシア皇帝ニコライ2世が提唱し、1899年と1907年に国際平和を構築するためにオランダのハーグで開かれた会議です。

この会議では、戦時中に関する取り決めに当たるハーグ陸戦条約や毒ガスの禁止宣言以外に、国際紛争が起きた際に平和的方法で解決することを目的とした国際紛争平和的処理条約が締結され、ハーグに常設仲裁裁判所を設置することが合意されました。

この常設仲裁裁判所は、世界で最初の国際司法機関でした。

 

国際司法裁判所

国際司法裁判所の法廷内

国際司法裁判所の法廷内

 国際司法裁判所は、第2次世界大戦後に国際連合の成立とともにオランダのハーグに設立されたものになります。

日本の高校受験勉強で、国際司法裁判所は個人間の問題ではなく国家間の問題を取り扱う国際司法機関と覚えた記憶が強く残っています。その記憶通り、国際司法裁判所は国家間の紛争問題について裁判する機関になります。

 この国際司法裁判所は、本章冒頭の写真にある平和宮に内設されています。

 

上記で挙げたように、オランダのハーグは歴史的に「国際法」や「国際平和」、「国際司法機関」と関連が強く、オランダ王国としても「経験」があります。そのため旧ユーゴ国際戦犯法廷がオランダのハーグに設置されたことは、こうした歴史的伝統に則っているということになります。

 

 旧ユーゴ国際戦犯法廷の成果

これまでのICTYの成果

これまでのICTYの成果 出典:icty.org

これまでにICTYに訴追された人数は161人になります。訴追された人物の詳細な内容はICTYの公式サイトで見ることが出来ますが、大まかに言えば訴追された人物は主に、旧ユーゴ紛争に直接的に関与した国家、軍隊、警察などの組織で高位にあった政治家や将軍、幹部等です。そのうち、刑罰を処せられたのは83人になります。

 

スロボダン・ミロシェヴィチ

スロボダン・ミロシェヴィチ

この旧ユーゴ国際戦犯法廷に訴追された人物の中で一番有名であり、大物であったのが、スロボダン・ミロシェヴィチだろうと思われます。

彼は、旧ユーゴ紛争中のセルビアの指導者であり、欧米諸国からは独裁者として見られていた人物です。2001年に旧ユーゴ国際戦犯法廷に身柄を送還され裁判が行われていたものの、本人の健康状態悪化でなかなか審議が進まず、最終的には2006年裁判が終わりを迎える前に心臓発作で獄中死しました。

実はスロボダン・ミロシェヴィチのように、年齢や健康状態悪化によって裁判が組まれた日程通りに進まなかったり、法の裁きを受けずに獄中死した者がこの戦犯法廷では数名いました。このことは、旧ユーゴ国際戦犯法廷の「高齢化」、つまり設立から長い年月が経っていることを表しています。

 

1993年に設立された旧ユーゴ国際戦犯法廷は、いつの間にか設立から20年以上も「高齢化」しています。何故そんなに時間がかかったのかと言うと、旧ユーゴ紛争中の大戦犯として指名手配されたいた人物が「何者かの援助」で身を隠し、中々逮捕することが出来なかった点が挙げられます。

西欧諸国では、旧ユーゴ諸国政府が彼らを裏でかくまっているのではないかと疑われ、政治的な圧力が加えられたりする面もありました。(例:EU加盟を目指すセルビアやクロアチアには、戦犯の引き渡しをしなければEU加盟交渉を進めない等)

 

上記の映画『カルラのリスト』は、旧ユーゴ国際戦犯法廷で検察官として訴追された戦犯の行方を追うカルラ・デル・ポンテのドキュメンタリー映画です。この映画を通して、旧ユーゴ諸国との戦犯の逮捕及び引き渡し交渉が如何に難航していたのかが分かります。

 

こうした検察官と政府の努力により2008年と2011年には、旧ユーゴ紛争の最大の悲劇と言われ、ジェノサイド(大量虐殺)認定された事件(8,000人以上のムスリム人(ボシュニャク人)が虐殺された「スレブレニツァの虐殺」)に直接的に関与したスルプスカ共和国軍(ボスニアのセルビア人地区)指導者のラドヴァン・カラジッチとラトゥコ・ムラディチ2名がセルビア政府により逮捕、旧ユーゴ国際戦犯法廷へ送還され裁判が行われるようになりました。

ラトゥコ・ムラディチ(左)とラドヴァン・カラジッチ(右)

ラトゥコ・ムラディチ(左)とラドヴァン・カラジッチ(右)

前者は2016年に40年の禁固刑が言い渡され、後者には201711月に最終的な判決が言い渡される予定となっています。

後者のラトゥコ・ムラディチが旧ユーゴ紛争の重要戦犯として法の裁きを受ける最後の1人になります。そのため彼の裁判が終了する201711月に、この旧ユーゴ国際戦犯法廷も20年以上の役目を終え、閉鎖されることが決まっています。

閉鎖された後の旧ユーゴ国際戦犯法廷はどのような形で残るのかは正式に決まっていませんが、国際平和に寄与した功績や歴史に残る司法機関であったことから考えると、旧ユーゴ紛争史博物館のような形で残る可能性も考えられます。

 

ちなみにこの旧ユーゴ国際戦犯法廷、通常であれば一般人は入場することは出来ませんが、裁判が行われている日であれば傍聴人として裁判の様子を観ることができます。

残された裁判は非常に少ないのですが、旧ユーゴ国際戦犯法廷の公式ページ(こちら)で裁判の日程を確認することが出来ます。

※旧ユーゴ国際戦犯法廷で開かれた裁判を傍聴してきました!その感想とレポートは、以下で参照くさだい。

 

旧ユーゴスラヴィア国際戦犯法廷の詳細
公式サイト:http://www.icty.org/en(英語表記ページ)
住所:Churchillplein 1, 2517 JW, The Hauge, the Netherlands.

 

オランダのハーグに在住しながら、セルビア(旧ユーゴスラヴィア他諸国)で起きている現状を独自の目線で発信するフリージャーナリスト。オランダの社会文化や現地での海外生活を最前線から追いながら、かつてセルビアに留学した執筆者が、旧ユーゴスラヴィア地域の社会問題を取り上げていく。お問い合わせは、info@kotaro-journal.comまで。


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大学時代に旧ユーゴスラヴィア史を研究し、1年間セルビアに留学。旧ユーゴ史研究者に少し憧れたものの諦める。現在は、オランダ・セルビアに特化した記事を書くフリージャーナリストとして活動。

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