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映画”The New Barbarianism”:戦地で従事する医療従事者をどうやって保護するか?

映画"The New Barbarianism":戦地で従事する医療機関・医療従事者をどうやって保護するか?

2018年5月3日に、筆者が居住するハーグ市内の博物館にて”Does war have rules?(戦争にルールは存在するのか?)”というタイトルの討論会が行われました。

この討論会が行われる前には、1時間弱のドキュメンタリー映画”The New Barbarianism”が上映されました。

 

このドキュメンタリー映画では、近年の中東情勢で悲劇と大きな混乱を引き起こしていたシリアはじめアフガニスタン、イエメンなどの中東地域で今もなお続く紛争地において、これまでとは異なる戦争/紛争の問題が発生していることを問題提起するものでした。

その戦争/紛争の問題とは、医療機関やそこで従事する医療従事者、そして人道支援団体の職員といった”民間人”が、1949年に改正された国際戦時法の一つジュネーヴ諸条約が規定する「文民(軍人ではない者)の保護」によって守られていない状況に陥っていること、つまり、病院などの医療機関や医療従事者が、戦争を有利に進めるターゲットとして戦略的に狙われる「新たな戦争の形」へ変化してきていることです。

 

 

筆者自身も、緊迫するシリア情勢やそれによって引き起こされてきた大量の難民問題を様々なメディアや映像を通じて考えてきましたが、今回のドキュメンタリー映画で描かれ、問題提起されたテーマ「戦地で従事する医療機関・医療従事者をどうやって保護するのか?」について、これまでに注視したことがなかったために、新たな視点として戦争の問題を考える良い機会となりました。

 

今回の記事では、多くの人に視聴されてもらいたい作品だと思うドキュメンタリー映画”The New Barbarianism”について紹介したいと思います。

 

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“The New Barbarianism”の目的

上記の動画は、この映画”The New Barbarianism”の予告動画となります。本編の動画リンクは、次章に記載しています。

そもそも、このドキュメンタリー映画”The New Barbarianism”上映と、それに関する討論会が5月3日に行われたのには意味があります。それは、2016年5月3日に国連安全保障理事会にて「戦地に従事する医療従事者や医療機関を狙った攻撃を非難する」決議2286号が採択されてから、ちょうど2年が経過した日だったからです。

 

 

このドキュメンタリー映画が上映される前に、この映画総監督でもあり戦略国際問題研究所の副所長・グローバルヘルス政策センターの代表でもあるJ. Stephen Morrisonが映画製作の目的や、この映画を通じて世界に訴えかけたいことを話してくれました。

まず映画製作の目的は、近年の中東情勢で悲劇と大きな混乱を引き起こしていたシリアはじめアフガニスタン、イエメンなどの中東地域で今もなお続く紛争地において、これまでとは異なる戦争/紛争の問題が発生していることを問題提起をすることです。

 

そして、この映画を通じて映画総監督J. Stephen Morrisonが訴えたいことを主に3点挙げてくれました。

  1. 近年の戦争/紛争地では、医療機関を狙った攻撃が急増し、医療従事者や人道支援団体の職員たちが命を落としている。しかしながら、こうした点に関しては、世界中のメディアであまり注目を浴びてきていないこと
  2. こうした戦地の変化は、1949年の改正されたジュネーヴ諸条約「文民の保護」が遵守されない世界へと向かう可能性もあり、国際人道法や国際条約の存在意義が大きな危機を迎えていることを伝えるため
  3. 病院の破壊や医療従事者の慢性的な不足によって、救える命が救えなくなることを引き起こすだけでなく、多くの難民を発生させ、国の大混乱を招く引き金となり得る

 

そして、この映画を観た後に、視聴者に問いかけたいことは、以下の質問になります。

 

What should be done to better protect civilians during armed conflicts?

武力紛争中に民間人をよりしっかりと保護するために、なにがなされるべきか?

 

この質問を念頭に置きながら、このドキュメンタリー映画を見てもらう形が映画総監督の願いになります。

 

“The New Barbarianism”の本編

この映画”The New Barbarianism”の本編は、Youtube上で視聴できるようになっています。

映画”The New Barbarianism”は全部で6つの章に分けられています。

  1. Aleppo
  2. The Syria Vortex
  3. Geneva Under Siege
  4. Yemen’s Cage
  5. The Kunduz Tragedy
  6. What Can Be Done?

 

Screenshot(1)/The New Barbarianism

Screenshot(1)/The New Barbarianism

第1章では、2016年4月27日にシリアのアレッポの街で行われた空爆により、Al Quds病院が標的に遭い、55人が死亡した事件が分析されます。犠牲者55人の中には、アレッポの街で最後の小児科医として奮闘していた医師Muhammad Wassim Moazが含まれていました。

この病院が空爆の標的に遭い、勤務中の同医師が空爆時に勤務している姿が映された防犯カメラの映像は、当時に様々なメディアで報道されていたと記憶しています。筆者もこの映像を鮮明に覚えています。

 

Screenshot(2)/The New Barbarianism

Screenshot(2)/The New Barbarianism

第2章では、シリア内戦の混乱で引き起こされた人的被害、そして大量の難民問題を概観した後に、ロシアのプーチン政権やシリアのアサド政権によって、組織的・戦略的・意図的に病院などの医療機関や人道支援施設を狙った攻撃が起きていたことが分析されます。

国連機関の調査によれば、シリア内戦では医療施設を狙った攻撃が450回以上も発生し、800人以上の医療従事者が命を落としたと発表しています。これら犠牲者のうち約4分の1は射殺され、十数人の犠牲者は拷問による死が原因となっていました。

こうしたシリア内戦の現状は、新たな戦争の形−医療従事者や人道支援団体の職員などの民間人を戦略的に狙う戦争−へと変化していきていることを現していると専門家は話します。

 

Screenshot(3)/The New Barbarianism

Screenshot(3)/The New Barbarianism

第3章では、1949年に改正されたジュネーヴ諸条約が規定する「医療従事者や人道支援団体の職員、民間人、そして敵対する兵士の保護」が、現代の戦地で遵守されるべきなのにも関わらず、遵守されていないことが分析されます。

 

Screenshot(4)/The New Barbarianism

Screenshot(4)/The New Barbarianism

第4章では、シリア内戦の問題から離れて、イエメン内戦の問題へと視点が変わります。

イエメン内戦はシリア内戦とは異なり、世界中のメディアが報じない問題であるために多くの人々に知られていない問題です。多くの国民は地理的・経済的要因からイエメン国外に脱出することができず、国内に閉じ込められながら厳しい生活環境の中で懸命に生きながらえている現状があります。

イエメンで人道支援団体として働く職員の話によれば、国外から食料や日常物資、医薬品などの様々な支援物資が届くものの、国内に支援物資を輸送することが非常に困難になっていると話します。

なぜならば、輸送に効率的な各都市の港湾地区は空爆の被害で破壊され使用できず、陸路輸送でも各地にたくさんのチェックポイントが存在し、輸送が容易に進めることができないからです。

こうした深刻な状況で、イエメン人口の半分以上が医療サービスにアクセスすることができず、厳しい栄養失調や飢饉の上昇、そしてコレラの流行が起きてしまっています。

 

Screenshot(5)/The New Barbarianism

Screenshot(5)/The New Barbarianism

第5章では、舞台がイエメンからアフガニスタンへと移る。

2015年10月3日、アフガニスタンのクンドゥーズに位置していた国境なき医師団の病院がアメリカ軍の戦闘機によって攻撃を受けました。

この攻撃により、当病院で勤務していた14名の国境なき医師団の医師14人を含む40人以上の死者をもたらしました。この事件に対して、アメリカ政府は最終的に攻撃の間違いを認めるものの、戦争犯罪ではないと断言します。

この章では、このクンドゥーズ国境なき医師団に対する間違った攻撃がなぜ起きたのか、このような悲劇を二度と起きないようにするためにはどうすべきかを分析されます。

 

Screenshot(6)/The New Barbarianism

Screenshot(6)/The New Barbarianism

最終章となる第6章では、これまでに分析してきた事象や問題点を踏まえて、「何ができるのか?」が考察されます。

最終章では、これに対する明確な回答は提示されません。あるとすれば、2016年5月3日に国際連合安全保障理事会で採択された決議2286号による非難や、軍関係と地上で活動する国境なき医師団や人道支援団体などのNGOとの連絡をより念密に行うことくらいだろうかと思います。

明確な回答が出されないのは、映画の総監督自身も簡単に導き出される答えがないと自認しいてるからです。

だからこそ、映画を視聴する前に「What should be done to better protect civilians during armed conflicts?」と質問したのは、それに対する回答を各自に考えてほしいからだと思います。

 

総括

"The New Barbarianism"上映後に行われた討論会の様子

“The New Barbarianism”上映後に行われた討論会の様子 ※執筆者が撮影

この映画””The New Barbarianism”を視聴した後に、壇上には前述の映画総監督J. Stephen Morrisonと赤十字国際委員会職員、オランダ防衛省に勤務する元軍人が登壇して討論会が行われました。

この討論会では、傍聴者やライブストリーミングで視聴している人たちも質問したりしながら、様々な質問に対する回答を一緒に考えていきます。

例えば:

  • 国際連合安全保障理事会で採択された決議2286号が遵守されていない状況で、より現実に則した形にするためには何をすればいいのか?
  • 医療機関や医療従事者を標的にした攻撃を阻止するために、軍人がするべきことは何か?
  • 国連安全保障理事会の非常任理事国となっているオランダが、できることはなにか?
  • 決議2286を支持するために、あなたができることは?

 

シリアで使用されていた赤十字の車両。無数の銃痕が残る。

シリアで使用されていた赤十字の車両。無数の銃痕が残る。 ※執筆者が撮影

正直に言って、このドキュメンタリー映画を視聴しながら、「戦地で勤務する医療機関や医療従事者を保護するために、どうすべきか」という問いに対する回答を見つけることは非常に難しいと感じました。

今回の映画で説明されていたように、例としてシリア内戦でロシア政府やシリア政府が行った(両政府は否定)ように、国家や組織がジュネーヴ諸条約を遵守せずに、意図的・戦略的に医療機関や医療従事者を攻撃することが当たり前の世界となった場合に、彼らを保護することは困難に陥るからです。

例えば、アメリカ空軍による間違った攻撃をなくすためには、NGO機関と軍側間の情報共有をより念密に行っていけば、ある程度の割合で悲劇を未然に防ぐことができるとは思います。しかしながら、今回のロシア政府やシリア政府のように国際人道法を遵守せずに、自分たちの優位な方法で戦争を行っていく場合には、友好な手立てはあまり考えられません。

 

あるとすれば、「国際社会一体で圧力をかける」や「国際刑事裁判所などの国際司法機関で、こうした戦争犯罪を裁く」などの方法くらいでしょうか?

前者で挙げた「国際社会一体で圧力をかける」点は、2016年5月3日に採択された決議2286号があまり効力を発揮できなかったことからも分かる通り、非難ではなく「外交・経済的な制裁」などのより思い制裁を加えていく必要性が考えられます。

後者で挙げた「国際刑事裁判所などの国際司法機関で、こうした戦争犯罪を裁く」に関しても、旧ユーゴスラヴィア国際戦犯法廷で露呈されたように当該国からの協力が得られずに裁判が長期化したりする恐れがあることを考慮すると、効力のある手立てではないかもしれません。

 

What should be done to better protect civilians during armed conflicts?

武力紛争中に民間人をよりしっかりと保護するために、なにがなされるべきか?

 

皆さんは、どのような回答を考えますか?

 

オランダのハーグに在住しながら、セルビア(旧ユーゴスラヴィア他諸国)で起きている現状を独自の目線で発信するフリージャーナリスト。オランダの社会文化や現地での海外生活を最前線から追いながら、かつてセルビアに留学した執筆者が、旧ユーゴスラヴィア地域の社会問題を取り上げていく。お問い合わせは、info@kotaro-journal.comまで。


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大学時代に旧ユーゴスラヴィア史を研究し、1年間セルビアに留学。旧ユーゴ史研究者に少し憧れたものの諦める。現在は、オランダ・セルビアに特化した記事を書くフリージャーナリストとして活動。

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